デカンショ節
「デカンショ節」というのを
丹波篠山の方にドライブしていた時に義父に教えてもらいました。
「このあたりには、デカンショ節ってのがあって」
に
「『デカンショ』っていうのは、
デカルト、カント、ショーペンハウアーのこと」
って話が続いて、
僕は、「はあっ!?」って返事をしたように思います。
地方の民謡と哲学者が、あまりにもかけ離れすぎていて。
そう感じて。
頭が理解を拒否してました。
ググってみると、義父の言う通り。
デカンショの由来の一説になっています。
デカルト
前置きが長くなりましたが、デカンショの一人目、
「デカルト」を学びました。
「我思う故に我あり」のデカルトです。
いろいろ書きたいことはあるのですが、
最初に書きたいと思ったのは、
「専門性が必要なものは学問ではない」
というような言葉について。
僕はこの、「学問」の部分を
「プログラミング」とか「経営」に置き換えながら聞いてました。
専門性
「専門性が必要なものはプログラミングではない」
「専門性が必要なものは経営ではない」
高度なことをやろうと思ったら専門性は必要ですが、
「考え方」という部分では、誰でもできるやり方があると思っています。
プログラミングの考え方、経営の考え方。
誰でもできるといったら語弊はありますが、
みんな、考えることはできます。
自分なりに考えて、
自分なりのプログラミングや経営を見つけることはできます。
デカルト、めっちゃ興味がわきました。
もう少し勉強して、まとめてみたいと思います。