全部ひとりでやるべき?

一人の建築家

「長い時間をかけて少しずつ大きくなった城塞都市よりも

一人の建築家が創った城塞都市の方がデザインに統一性がある」

というような言葉があるとか。

 

この言葉を聞いたとき、

共感と非共感がどっちも浮かんだので、

少し考えを整理してみます。

 

共感

学問の体系を組み立てるときを指して、

「一人の建築家が」という言葉が残されているようです。

 

ある学問を組み立てるときは一人の専門家が全部やるべき。

 

複数の専門家がそれぞれのいいものを持ち寄って組み立てても、

全体をみたら統一感のないものが出来上がるだろう。

※部分的には素晴らしいものになるだろうけど。

 

そうやって組み立てられた学問は、

その学問の目的を果たすことができるのだろうか?

 

だったら

学問の目的を理解した一人の専門家が、組み立てるべきだろう。

 

というような流れ。

すごく共感したんです。

 

非共感

ただ、

一人の専門家が組み立てた学問は、

そこで完成していなければならないと思います。

 

あとから誰かが手を加えることは、

「一人の建築家が」に反することになります。

 

そんな反論も浮かんだので、難しいなぁと。

 

 

今週、組織の結果の出し方について

お客さまと話をしたときにも思い出しました。

 

建築家をリーダーに置き換えて、

 

 

一人のリーダーが強力なリーダーシップを発揮できると

結果を出しやすい。

 

ただ、組織としての成長は難しいから、

結果を出し続けることも難しいんじゃないか?

 

 

一人がいい場面。複数がいい場面。

ということだと思うのですが、

どっちがどっちって考えると難しい課題です。