与えないとき
与えるか与えないか?
というのが最近の僕のテーマ。
与えないとき、
待ってるのか、
あきらめているのか
わからなくなる時があります。
待つ→変化がない
→与える→変化があるが思ったほどじゃない
→もっと与える→変化はあるが・・
→もっともっと与える→変化がだんだんなくなる
→もっともっともっと・・・
→・・・
→あきらめて与えない→???
与え続けて、
変化がないことにつかれて、
あきらめて与えない。
「勉強しなさい」ということにつかれて
「もう何も言わないから好きにしなさい」
と言ってしまうように。
一見、待っているように見えるけど、
あきらめて、言わなくなっただけ。
信じる?
待つことの根っこには
信頼があるはずです。
「信じて」待つ。
信じているから待てる。
僕が待てないのは信じてないから?
信じてないのに与えないのは、あきらめたから。
あれ?
ちょっと複雑。
開き直り
与えない、言わない理由をもう一つ。
開き直って与えない。
「悟って」与えない。
がありそう。
結局のところ、
最終的には自分でやるしかないのだから、
「与えないことにする」
「勉強しなさいと言わないことにする」
あきらめるのとはちょっと違うと思うのだけど、
信じるのともちょっと違う。
今の僕は、この辺りにいるように思います。
まだまだあきらめてないんです。